どーも、ロッカリアです。
※本記事は、映画パンフレットを通して、作品と時代背景を紹介するレビュー記事です。
本日ご紹介するパンフレット作品は、後にTVドラマ・シリーズ「バイオニック・ジェニー」で、日本のお茶の間を席巻、大人気を得た女優リンゼイ・ワグナーが出演しています。(声優の田島玲子がまた良かったんです!)
当時、「バイオニック・ジェニー」を見てから、後追いで映画を見た人も多かったんです。(ボクもその一人で、テレビの洋画劇場で、この映画を知りました)
それでは、このパンフレットを味わって紹介していきましょう。

(↑)色褪せています。(特に白い部分は顕著ですね…)
『ペーパー・チェイス』って、どんな映画?
『ペーパー・チェイス』
原題:The Paper Chase
1973年 アメリカ
監督 ジェームズ・ブリッジス
原作 ジョン・ジェイ・オズボーン・Jr.
脚本 ジェームズ・ブリッジス
音楽 ジョン・ウィリアムズ
撮影 ゴードン・ウィリス
出演
ジョン・ハウスマン
ティモシー・ボトムズ
リンゼイ・ワグナー
ジェームズ・ノートン
エドワード・ハーマン 他
実はこの映画、知る人ぞ知る名作なんです。
1973年に制作され、その年に「アトランタ映画祭」で最優秀賞を受賞しています。
さらに、当時の評論家からは、『卒業』(1967)以来の、青春映画の傑作と評されました。
しかも、主演のティモシー・ボトムズは、ジェームズ・ディーンの再来とまで言われました。
ところが、地味な内容ゆえか、興行的には大ヒットしませんでした。
それでも、ボクみたいなオールドファンの一部からは、今でも忘れられない映画になっているんです。
その理由として、
ひとつは、アイビー・リーグ(アメリカ北部の大学、8校を指します。詳しくは後ほど)でもトップクラスの、ハーバード大学を舞台にしたと言う点。
もう一つは、そのアイビー・リーグが日本におけるファッションに、革命を起こした点です。
その辺も、このパンフレットを紹介する過程で、明らかにしていきましょう。
▶︎▶︎▶︎(あらすじ)
名門ハーバード・ロースクール (弁護士など法律専門職を養成する大学院)に入学した青年、ジェームズ・ハート。(ティモシー・ボトムズ)
知性と努力に自信を持つ彼だったが、待ち受けていたのは想像を超える過酷な学問の世界だった。
学生たちは、膨大な判例や資料を読み込み、常に他人と比較され、成績という「評価」に追われる日々を送っている。その中心に立つのが、冷酷無比とも言える名物教授キングスフィールド。
彼の講義では、学生の人格や努力は一切考慮されず、法的思考の正確さだけが容赦なく試される。
ハートは次第に、この厳しい競争の渦にのめり込んでいく。
勉強にすべてを捧げ、評価を得ることだけが目的となり、私生活や人間関係は後回しになっていく。一方で、教授の娘スーザンとの出会いは、彼に「勉強だけではない人生」の存在を意識させるが、その距離はなかなか縮まらない。
果たしてハートは、この「紙の上の評価」に支配された世界の中で、自分自身を見失わずにいられるのか……。
🎬 タイトルの意味 〜直訳と比喩
ここでは、映画タイトルに込められた意味を簡単に整理します。
✏️ 直訳すると
『The Paper Chase』は直訳すれば
👉 「紙(paper)を追いかける(chase)」 です。
👉 しかし、単純に紙を追いかけるということじゃなくて、
「ロー・スクールという過酷な世界で、学生が紙(学位・課題・答案・教科書)と向き合い追いかけていく象徴的な旅路」を表現していると思います。
ここからは、この映画が思わぬ形で日本文化に影響を与えた話をしていきます。
さて、いよいよ革新に触れていきます。
このパンフレットでも、映画のあらすじは、2ページにぎっしりと書かれていて、なんと、親切に結末まで記されています。(この時代のパンフあるある、ですね)
《そもそもアイビーとは何ぞや?》
本作が思わぬ形で日本文化に影響を与えた背景を見ていきます。
それは、アメリカの北部にある大学8校、ハーバード大学、コロンビア大学、ダートマス大学、コーネル大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、ブラウン大学、イェール大学の総称を、アイビー・リーグと言います。
この頃、大学に通う学生たちが、普段着として着ていたブレザー、ボタンダウンのシャツ、レジメンタル・ネクタイなどなどのファッションが、日本の若者に強い影響を与えました。
アイビー・ルックとも呼ばれたこのトレンドは、当時、日本のファッションは、これ以外の選択肢が、無いかのように、統一されていた、と言っても過言じゃありません。(小・中学の頃は、ボクもお兄さん方の真似をしていた、マセガキでした…)
この、アイビー・ファッションについて、細かく解説が載っているのも、このパンフの特徴です。
例えば、『サイコ』で有名な俳優、アンソニー・パーキンス。
この人は、『のっぽ物語』(1960)で着たファッション。
ホワイト・ジーンズに、白のスニーカー。
左腕に2本のラインと、胸にイニシャルが入ったカーディガン。(これ、今でも大好きなアイテムです)
このアンソニー・パーキンスが、アイビー・ファッションの先駆けだった、とも書かれています。(し、知らなかった…)
『地上最強の美女バイオニック・ジェニー』(原題・The Bionic Woman)
主演のティモシー・ボトムズは、『ふたり』(1971))『ラスト・ショー』(1971)で一躍有名になり、その後は『ジェット・ローラー・コースター』(1977) 『暁の七人』(1977)などにも出演して、一時代を築いた俳優です。
さて、そのティモシー・ボトムズを相手に、女性の強さを見事に表現していた女優が、リンゼイ・ワグナー。
ロバート・ワイズ監督の『ふたり』(1973)で、ピーター・フォンダと共演、デビューしました。(の作品が2作目)
その後も『ナイト・ホークス』(1981)でシルベスター・スタローン、ルトガー・ハウアーと共演しています。
しかし、彼女の人気を決定づけたのは、なんと言っても、日曜の夜に放送していた、『地上最強の美女バイオニック・ジェニー』の印象が強かったんです。
事故で体の一部をサイボーグ化された女性が、特別な任務に挑むSFアクション作品でした。
このシチュエーションに、リンゼイの美しさと、吹き替えを担当した田島玲子さんの声が見事にシンクロ、時の人になりました。
ボクは、当時「日曜洋画劇場」が最優先だったので、それが終わってからの後半30分だけを見ていました。(放送が夜の10時半からだったからね)
ティモシー・ボトムズも、リンゼイ・ワグナーも、現在は70歳代になっています。(そりゃボクも歳取るわなぁ…)
プロダクション・ノートから
ロケ地は、もちろんハーバード大学の野キャンパスがメインでしたが、ケンブリッジ大学(イギリス)や、トロント大学(カナダ)でもロケが行われたそうです。
その原因ですが、ハーバード大学側は、商業目的の撮影を拒否して、一部の場所しか提供しなかったからだそうです。
そう考えると、青春ストーリーの映画としては、結構大掛かりな撮影だったんですよね。
写真は多めですが、カラーページは少な目です。
当時の価格が¥150!
これで情報が満載なんですから、昔のパンフレット良かったんだなぁと、つくづく思います。
本作『ペーパー・チェイス』は、映画そのものだけでなく、当時の価値観やファッション、映画の受け取られ方までを映し出す作品でした。
パンフレットを通して改めて味わうことで、その魅力がより立体的に浮かび上がってきます。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
この映画だけじゃなしに、パンフレットのコメントをお持ちしてます!(お気軽にどうぞ)
本日も、ご馳走様でした!





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